AIが「態度」を変える時。その言葉は一体、誰のもの?

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中国のAIに質問をして、中国語と英語で答えさせると、中国語での回答の方が圧倒的に中国に好意的な内容となる――。今回のWSJの記事は、そんな衝撃的な内容でした。

みなさんは、日々の生活でAIを利用する機会はありますか? 私は日常的に利用しています。監査法人での業務中はもちろん、自宅のPCやスマホでもよく使います。どんな時も自分に寄り添った回答をくれる利便性は、私自身も日々肌で感じているところです。

今回は、そんなAIの「親身な姿勢」を普段から実感しているからこそ、中国語と英語でAIが態度を変えているという事実に、妙なリアルさを覚えました。

そもそもAIの仕組みを考えると、報道の自由が規制されている国において、AIの回答がその規制に沿ったものになるのはごく自然なことです。 入力されたデータが歪んでいれば、出力されるものは当然に歪んでいることでしょう。国家規模のAIでも全く同じことが言えます。

ただ、このような現象を「中国の特殊な事例」として客観的に眺めることは、私たち日本人にとっては容易です。

では、ここで日本はどうでしょうか。

確かに目に見える当局のような規制はないかもしれません。しかし、本当に「100%偏りがない情報」なんて存在するのでしょうか。何かを発信する際には、常に情報をアップする「人」が介在しています。

現段階では、このように誰かによってアップされた情報をAIが学習して、私たちに届けているのが流れです。

例えば、今日の晩ご飯として「いちばん美味しい肉じゃがのレシピ」をAIに聞いたとしても、その「いちばん美味しい」を評価しているのは、一体誰なんでしょうか。AI本人ですか? 過去のインターネット情報ですか? それとも、あなた自身の検索履歴ですか?誰なんでしょうか。

中国のAI事情という「窓」を通して、私たち自身の日常に潜む情報の偏りについて、改めて見えてくるものがあるかもしれませんね。

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